2012年05月25日

フロント・ページ(米1974)

 特ダネ競争にしのぎを削る記者の物語。新聞の編集長と結婚してを静かな生活を決心した記者のお話。記事のためには嘘も辞ずはっぱをかけ続ける上司と事件があると書かずにいられない記者。結局結婚には至らず記者を続ける。
 惹句「"おかしな二人"の名コンビがおかしな事件に取り組んだ メタメタに楽しい傑作!何はともあれ笑って下さい!!」 いや、ちょっと違う。上質なおかしさだ。デフォルメされた人間像のおかしさと情熱。今は少なくなった時代の光景。なつかしさを感じる。アナログの世界。人と人との駆け引き。ネット社会の今では希薄になっている。どっちがいいのやら。テーマを素直に表現してわかりやすい。ビリー・ワイルダー監督はいい。ラグ調のビリー・メイの音楽も楽しい。男くさく人間関係がが面白い。☆
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2012年05月20日

新・平家物語(日1955)

 平清盛が父忠盛と西海の海賊を討伐した時から比叡山延暦寺の荒法師が担ぐ神輿に矢を放ち、追い返すまでを描き、朝廷の犬と呼ばれた武士が持つ力を実感するところまでを描く。
 何ともリアリティーのある映像。寺院はロケではないか。明るいロングショットが多く、雰囲気がよく出ている。ちょっと離れた視線から物語を淡々と描いている。忠盛の自殺、白拍子の母がずっと存命しているのが、TVドラマとは違うが、映像は本作のほうがリアル。制作された時代を考えると意欲的な作品だ。音楽は早坂文雄、高尚だ。市川雷蔵は眉毛が太すぎだ。進藤英太郎は布袋さんのようなユニークなキャラクター。時代の古さは感じる。
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2012年05月19日

ローズランド(米1977)

 ニューヨークのダンスホール「ローズランド」で繰り広げられるちょっとした物語のオムニバス。お話は「ワルツ」過去に生きる老婦人がこれからの道を見出す。「ハッスル」富豪の未亡人の紐のような生活と彼に恋した普通の女性の関係。「ピーバディ」大切なパートナーを失った老婦人の最後。
 惹句「甘く、ほろ苦い人生を抱えて、人々はローズランドに集まる」夢を求めて集まってくる人たち。平均年齢は高い。ほとんどが老人だ。先が短く過去は長い、何であれ当然過去の栄光をなつかしがる。人生の後半は過去のことを言うようになった時からだな。登場人物の過去や現在の生活をちょっと匂わせる演出がいい。それだけでその人に近づける。若いときに観ていたら、あまり気に入らなかっただろう。しかし、今は大変味がある、感じる。登場人物の皺は風雪に耐えた大樹の年利のように思えた。ダンスホールというちょっと華やかで明るい雰囲気が加齢臭を消している。音楽もライトでいい雰囲気。ジェームズ・アイヴォリー監督は静かな味を引き出している。音楽はマイケル・ギブソン。ジェラルディン・チャップリンとクリストファー・ウォーケンが若いこと若いこと。人生の黄昏をどう演出するか考えさせられ☆
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2012年05月18日

スライディング・ドア(米1997)

 会社を首になった女性が、帰宅中、地下鉄に乗れるか乗れないかで、その後がどうなるか。2つの筋が平行して進んでいくが、どちらにしても最後に結ばれるのは同じ人でした。
 惹句「この恋、ひとつじゃない。もし、その電車に乗り遅れたら… もし、その電車に乗れたら… 彼女の恋の運命は、一枚のドアから始まった。」将来の相手は定められているのか。並行して進む物語に違和感がないのはいい。結末を期待させる演出もなかなか。しかし、恋人の素性が悪すぎる。同性として嫌悪感を感じるぐらい。主人公が生死にかかわらず幸せになるのはいいが、悲し過ぎるじゃないか。いい気分じゃない。音楽はデヴィッド・ハーシュフェルダー。
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2012年05月13日

利休(日1989)

 本能寺の変から利休切腹までを利休の視点に近く描く。秀吉に貢献しながらも、朝鮮出兵を思いとどまらせるよう説得しようとしたため、切腹を命じられる。
 山崎勉演じる秀吉の下品さと横暴さ。利休の精神性が対比が際立つ。作者の意図であろうが、真実はわからない。しかし、欲は醜いのだいうことだ。歳をとると侘び、寂びを感じてくる。理解ではない。感じてくる。若いときは西洋芸術に圧倒されてきたが、日本文化に安住の地を見出しているこの頃だ。この映画では、セットの中に置かれた小物が素晴らしい。素晴らしい蒔絵の主張と茶道具の無言の存在感。音楽はやっぱり武満徹だった。そうではないかと思った。ほとんど音楽はないが、ここぞというときに、映像に方向感を与えるスコアだ。近頃、京都を頻繁に訪れるようになると、日本人の心の満足、安定感を何に求めてきたのかを感じるようになってきていると思う。拙自ら居心地がいいのだ。そんな感じを改めて気づかされてくれた。☆
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百川(古今亭志ん生5)

 百川という料亭で勤めはじめた田舎者の百兵衛の方言と町の若い衆の江戸弁との間の勘違いで、芸者の代わりに医者が駆けつける騒ぎになる。河岸の若い衆が文句を言いに行くと相手は馬鹿力で逆にやられて逃げ帰る。「ひっぱたかれっちゃった」若い衆の仲間は「ひっぱたかれたじゃねえやな。おめえ、河岸の一兵衛じゃねえか」「一兵衛だってだめだよ。向こうはだから」
 軽〜い、ギャクマンガのような雰囲気で、背景もぼやけて嫌みもなく、す〜っと入ってくる。暖かい時間を過ごせる
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コント山口君と竹田君(ボクシング入門)

 青年がボクシングジムへ入会しようと訪れる。そのジムの会長はヨボヨボの年寄で、入門試験が筆記で、散々な結果に。
 アドリブが実に効いている。長年の経験のたまもの。いつもながらの上から目線のボケと穏やかなツッコミだ。二人のキャラクターが生きていた。楽しめました。
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ねぎまの殿様(三遊亭時松)

 殿様が雪見をしようと三太夫を連れて馬で出かけるが、上野広小路でいい匂いに誘われて荷売りやへ入り、醤油樽に腰掛け、ねぎま鍋と酒を召し上がられ、たいそう美味で気に入る。後日、屋敷でねぎま鍋を求めるが、屋敷の料理人は上品に作るので気に入らない。三太夫の助言でなんとご満足をいただく。しかし、さらに殿様は「だがこれではまだ足りぬな」「まだ足りませぬか」「ん、醤油樽を持て」−−ねぎまの殿様というお噺。
 しっかりとした稽古で、筋立てを崩していないので、それなりには楽しめる。レベルには達している。ただ、これは仕方のないことだが、登場人物二人を演じていた。役をご自身に持ってきたものではなかった。これは時が解決するか。これからの精進だ。
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宿屋の富(古今亭志ん朝3)

 放送時間の都合もあり前半部を端折っている。師匠の完成された芸を聴きなれたものにとっては、端折りが物足りない。正蔵8師のように変幻自在ではなかったのだ。しかし、その後はいつもながらの演出で、充実していた。今回はやや傷が多かった。
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高松しげお(漫談)

 高齢者向けのギャグの連続だ。各ギャグがあまりに短く、深みがない。
posted by momiji at 16:14| Comment(0) | TrackBack(0) | 演芸 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする